お嬢さまにほうとうずら?!

またまた「花子とアン」ネタですが、安東はなの女学校時代に親友の蓮子さまと一緒に地元の山梨に帰る話がありました。はなの親友の蓮子さまは華族出身のお嬢さまで、モデルは大正時代に大きな話題となり小説のモデルにもなった「白蓮事件」の柳原白蓮です。華族のお嬢さまが、小作の家(はなの実家)へ泊まりますがその時に出された食事が「ほうとう」です。「ほうとう」は山梨を代表する郷土料理で、農林水産省から「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれています。

ほうとう

あつあつの「ほうとう」を食べると、体の芯まで温まります。大きなお鍋に入れられている「ほうとう」が出てきた時には、こんなにいっぱいなんて食べれない。と思ってしまいますが、お野菜がたくさん入っているので胃モタレすることもなく、案外あれよあれよという感じで食べれてしまいます。そしてあつあつフーフー食べる「ほうとう」は格別の味わいで、山梨を訪れた時にはぜったいに食べたいもののひとつです。自分で「ほうとう」を作ろうと思っても、あんなに豊富に種類豊かなお野菜を入れることはなかなかできないので、野菜をたっぷり食べられるのも「ほうとう」の魅力です。

ほうとうの具

お野菜がたっぷりたくさん入っています。そして野菜も季節ごとに代わります。夏の「ほうとう」はネギ、タマネギ、ジャガイモなどが入り、冬の「ほうとう」はカボチャやサトイモ、ニンジンや白菜、シイタケ、シメジなどのキノコ類を入れます。基本的に「ほうとう」に入る野菜は、カボチャがメインで野菜や山菜などで具材は構成されていますが、お肉類の豚肉・鶏肉などが入っているのが登場するようになったのは、観光客目当ての郷土料理店が広く普及してからのことです。

ほうとうの汁

最近は「チゲほうとう」や味噌仕立て以外の「ほうとう」もありますが、基本的に「ほうとう」のお汁は、味噌仕立てです。お味噌はもちろん甲州味噌ですが、信州味噌に近くなっていて塩気が強いのが甲州味噌の特徴になっています。塩気が強いお汁に、カボチャを煮崩して溶かしたものが美味いお味となっていますが(かぼちゃの甘みとマッチング)、カボチャを溶かすまで煮のか、カボチャが煮えた程度にするのか、といった点では地域差が有ります。

甲府盆地周辺では、カボチャを溶かすまで煮るのが良しとされいますが、南部地域などではそこまでは煮ません。の甲州味噌の塩気とカボチャの甘味とが一体となった奥深い風味が、「ほうとう」の美味さの最大の特徴になっています。

お出汁は煮干しで取ります。家庭によっては、煮干でとった出し殻もそのまま入れられることがあります。大鍋で作る事が多くなっているので、当日食べきれずにあまった「ほうとう」は翌日、再度出番となって食卓に上りますが、一日経つと、とろみが出てきて味も熟れてくるので、この「沸かし返し」のほうが作りたての「ほうとう」より好む人も多くいます。

ほうとうの麺

麺は小麦粉を練ってざっくり切った麺です。一部の地域では小麦以外の穀物を利用する場合もあります。すいとんのような小さな塊を入れるところもあるので、「ほうとう」といえば、うどんのような長い形ばかりではありません。(とはいっても、うどん形状の麺が多い)

生地は木製のこね鉢(通称「ゴンバチ」)で、小麦粉に水分を加えて素手で練ります。そして練って出来上がった生地はのし棒を使って伸ばされます。そして折り重ねて包丁で幅広に切り刻んでいきます。うどんは違って、生地にはグルテンの生成による麺のコシを必要とはしないので、生地を寝かせる手法は少なくなっています。また塩も練り込まないので、麺を湯掻いて塩分を抜く手順が無いため、「ほうとう」は生麺の状態からそのまま煮込めるところに特色があります。生麺からそのまま煮込むので、汁にはとろみが付きます。

山梨では「ほうとう」専用の生麺が流通していますので、販売されている生麺を使用する場合が多くなっています。家庭用の市販の生麺はうどんより幅広くなっていて、やや薄い形状になっています。「ほうとう」料理店では、ボリューム感を出すために極広厚の麺を使うことが多くなっています。また麺ではなく「みみ」と呼ばれる特殊な形状をしたものを使う場合もありますが、こちらはすいとん料理に近くなっています。みみを使った場合は別に「みみぼうとう」と呼ばれています。

「おざら」というほうとう

元々は「おざら」は、甲斐市付近の郷土料理でしたが、1970年頃に甲府市内のほうとう専門店が夏の料理として売り出して「おざら」は夏のほうとうとして知られるようになりました。「おざら」とよばれる「ほうとう」は「冷やしほうとう」で、ざるうどんによく似ています。

「ほうとう」は大鍋にグツグツと煮込む、煮込み料理になっているので、暑い季節になると「ほうとう」の売れ行きが落ちてしまうため、「おざら」をほうとう専門店が夏期のメニューとして売り出し、それから多くのほうとう専門店で広まりました。「ほうとう」は通年メニューとしてありますが、「おざら」は夏期限定のメニューになっていることが多くなっています。

小豆ぼうとう

こちらは、ほうとうの麺に適度な粘りのあるぼたもちのような小豆餡を乗せたものです。山梨では「こなぼうとう」とも呼ばれています。汁粉の中に、餅や白玉の代わりに、ほうとうの麺を入れたもの料理と考えることもできるでしょう。小正月の小豆粥と同じ様にハレの日に健康を願う食べ物として「小豆ぼうとう」は位置づけられています。「小豆ぼうとう」によく似た料理に大分県の郷土料理の「やせうま」があります。

おやつにも食べられる「やせうま」

大分の「やせうま」は、小麦粉で作った平たい麺をゆでたものに、きな粉と砂糖をまぶした食べ物です。形状は麺に分類されています、包丁は使わずに、水で練った小麦粉(薄力粉であることが多い)の塊から指で引きちぎるように作ります。「やせうま」と同じ麺を、野菜などと一緒に味噌仕立ての汁に入れたものが、やはり大分県の郷土料理として有名な「だんご汁」です。

やせうまは一般におやつとして、食べられています。時には冷やしていただきます。大分県の一部地域では、お盆や七夕に「やせうま」を供える習慣があったり、学校給食でも時には出されるほど地域に根付いた料理になっています。現在でも、家庭で麺を作ることは多くなっていて、手で伸ばして作られますが、スーパーや土産物屋などで売られている麺は製麺機で製造して、切り分けた「ほうとう」状になっているものが多くなっています。

「ほうとう」と形状も材料も煮ていますが、「ほうとう」はおやつとして使うことは少なくなっています。大分では素朴な庶民の食べ物として「おやつ」としてよく食べられています。

ほうとうの始まり

「ほうとう」がいつ頃作られたのか、またどこで作られるようになったのか。というハッキリしたことは分かっていません。縄文時代から、日本列島の食文化には粉食文化が存在していました。そして弥生時代以降には、穀物の粒食が一般化していったため、弥生時代以降の考古遺跡では製粉具の出土が減少しています。そして、鎌倉時代以降になって再び粉食習慣が復活しました。出土品には、石臼といった製粉具も出ているため、山梨県内では南アルプス市の二本柳遺跡から戦国時代の石臼が出土しているため、考古学的には中世後期段階で「ほうとう」の起源にあたる麺類が食べられていたと考えられています。

山梨県となる前の甲斐国の時には、養蚕の普及によって桑畑化で田地が集約されて、裏作で麦の栽培が一般的になったことから、「おねり」や「おやき」といった粉食料理の体系が発達しました。そしてその中でも「ほうとう」は、各種野菜や汁で増量されるために小麦の使用量が少ないため経済的で、味もよいことから広まったといわれています。

また山梨県東部の郡内地方では、山間部になっているため寒冷な気候で平坦地に乏しくなっていて、富士北麓では富士山の伏流水の季節変動が激しく、水利に乏しい溶岩台地が広がっているため、全般的にお米の栽培がとても困難でした。その一方で、麦は富士北麓では流水を用いた水掛麦による栽培が行われているため、「ほうとう」といった粉食料理が根付いてきました。